【総説】鳥取医誌.26:180−185.1998.

 母 乳 育 児 の 動 向 (総説)

キーワード:母子同室制,母乳育児,社会小児科学,出生前小児保健指導,生涯学習
は じ め に
  わが国では,今日,子育てに関する様々な問題点が指摘されている.少子社会,地域の子育て機能低下,核家族化,テレビゲームを主体とした実体験不足といえる遊びの普及など,枚挙にいとまがない.一方,わが国における出産は,かつての自宅分娩から医療施設での出産が普及し,新生児室における母子異室管理が定着し,また,母乳栄養率が低下していった.さらに,近年に至り,母乳栄養,母子相互作用の観点から母子同室,母乳育児支援が普及していった.本稿ではこれらの経緯について概観した.


2 新生児管理に関する在日米軍の勧告

 出産の医学的管理の経緯について,米国の動向とともに,在日米軍がわが国に勧告した経緯と内容について,福田1)が紹介している(表1).
 これによれば,在日米軍が,母子共に周産期の健康障害が多かったであろう戦後混乱期のわが国の不衛生かつリスクの高い自宅分娩の状況に遭遇して,当時既に米国内で普及していた産科医療施設における出産と新生児室における管理体制の普及を勧告した.当時,米国では,母子異室制に対する見直しが始まっていた.
 その後,鳥取県2〜6)でも施設内分娩が普及したいった.
 大戦後15年を経た昭和35年における施設内分娩は30.3%で,高度経済成長に伴って,昭和50年には99%を越え,現在に至っている(表2).

3 母乳育児に関する統計値,研究成果
  1972年,児玉ら7)は,福岡市における調査結果を報告している.母乳栄養の開始時期と退院時の栄養法(図1)について検討し報告している.これによれば,生後8〜12時間に開始した群が退院時に最も母乳栄養が高率であった(p<0.01).この当時の検討では,生後8時間未満の例は含まれていないことにも注目したい.なお,当時の小児科学大系8)には「授乳開始を以前のように出生後24時間以後にすべきか,もっと早期に開始すべきかは議論が多く,その理由にはそれぞれ一長一短がある」と記載されている.また,1980年時点において,育児相談を主題とした専門誌における母乳栄養の実際とした項目で,初回授乳を「生後12時間から授乳を開始する」と記述している9)

 さらに児玉ら7)は,出産施設別の検討をし,自宅群が最も母乳栄養率が高く,
助産所が次ぎ,病院・開業医院が低かった(図2)ことも報告している.
 なお,自宅の場合は,言及されていないが,施設分娩例と同様の日齢での検討と考えられよう.
 この報告(図2)では,生後1か月時点での母乳栄養率も報告しているが,退院時の母乳栄養率が生後1か月のそれと相関性が高いことに注目したい.即ち,母乳育児率向上のためには,出産施設退院時に母乳栄養が出来ているか否かが肝要であろう.
 生後1か月の母乳栄養率を経年的に検討した厚生省の調査(図3)では,生後1か月時点での母乳育児率が,1960年に7割を越えていたが,1970年に最低の約3割になり,1980年に4割強まで回復した10).しかし,1990年には若干低下していた10).ちなみに,既述のごとく施設分娩率は,1960年に30.3%であったのが,1970年は95.7%に高まっていた.施設分娩率の高まりに反比例するように母乳栄養率が低下していったといえる.

 この報告(図2)では,生後1か月時点での母乳栄養率も報告しているが,退院時の母乳栄養率が生後1か月のそれと相関性が高いことに注目したい.即ち,母乳育児率向上のためには,出産施設退院時に母乳栄養が出来ているか否かが肝要であろう.
 生後1か月の母乳栄養率を経年的に検討した厚生省の調査(図3)では,生後1か月時点での母乳育児率が,1960年に7割を越えていたが,1970年に最低の約3割になり,1980年に4割強まで回復した10).しかし,1990年には若干低下していた10).ちなみに,既述のごとく施設分娩率は,1960年に30.3%であったのが,1970年は95.7%に高まっていた.施設分娩率の高まりに反比例するように母乳栄養率が低下していったといえる.
 一方,図3では,生後1か月と生後3か月の母乳栄養率が高い相関関係にある10).児玉ら7)の成積と合わせて考えると,母乳育児率を高めるためには,生後早期からの母乳栄養の開始,退院時における母乳栄養の獲得が重要であると分かる.
 なお,この当時は「母乳育児」ないし「母乳哺育」の用語は用いられていないため,当時と同様,この項では「母乳栄養」を用いた.
 三つのスローガン (厚生省 1975年)
・ 生後1.5ヵ月までは母乳のみ
・ 3ヵ月まではできるだけ母乳
・ 4ヵ月以降も安易に人工ミルクに切り替えない

4 母子同室・母乳育児の推進
 母乳には,分泌型 IgA,マクロファージなど多様な感染防御因子が含まれている11)ほか,小腸上皮細胞増殖因子 ( epidermal growth factor,EGF) 12)をはじめとした成長因子などが含まれている.このため,山内13)は感染症に対する「生まれて最初の予防接種と同じ」と記述している.
 母乳育児は,感染防御因子,EGFなど,狭義の「母乳栄養」の有用性のほか,母子相互作用14)の面からも,母子関係を築くための自然な育児のあり方として,見直されてきた.
 一方,1975年に,厚生省は上記の三つのスローガンを発表している.母乳育児を推進する上で,今日においても最低目標とすべきであろう.

 そして,母乳育児を支援・推進するための基本形態・要が「母子同室」15)であるともいえよう.要は「周産期医療の人間化」16)を大切にした動向であるといえる.この到達点にWHO,ユニセフの主催する「母乳育児を成功させるための10カ条」17)がある.

5 当院における母乳育児の啓発と実践
 当院には医療圏地域における周産期センターがあり機能している.地域的システム化を図り,ハイリスク妊娠・分娩やハイリスク新生児医療を担っている18,19)一方,母乳育児支援にも取り組んできた20,21)
 母子同室制導入期においては,保護者の希望を取り入れて,従来通りの「母子異室制」か,あるいは,導入を開始した「母子同室制」を決定した.母子同室制の選択は,初産か,あるいは,前回までの出産後に同室を一時期でも経験した母親が多かった20).逆に,母子異室制は,既往の出産で同室を経験しなかった母親が多かった.母子同室制を実施するために,当院では,妊娠中期の母親(両親)学級において,著者が30〜40分間「赤ちゃんからのメッセージ」と題する啓発機会を有し,今日に至っている21).この学習機会を受講したか否かも,導入期における母子同室制への意識に影響を及ぼしていた20).即ち,積極的に「母子同室制」を受けとめていたのは,初産で,この学習機会を受けていた母親であることが,アンケート調査から伺えた.
毎月2回開催している「赤ちゃんからのメッセージ」では,図4〜6の資料を適宜用いている.図4では,従来の「母子異室制」と「母子同室制」を対比させて解説している.
 「母子異室制」では,母子の出産後(出生後)からの関係性が育ちにくく,知識中心の指導に陥る傾向があることを考えさせる.また,管理中心に陥り易いがゆえに,3時間毎の授乳機会においては,新生児が眠っていることもあろうし,その後に啼泣し,職員が哺乳瓶で人工乳を飲ませることもあり得たであろう.そして,次の授乳機会には,新生児が目覚めているのに哺乳意欲が乏しく,少し前に人工乳を飲ませてもらい,○○ml 飲んだと,目に見える数値で納得したりもあり得たであろう.退院前の指導は,母子が共に生活している時間が短いため,「知識伝達主体」の指導に留まらざるを得ないことも話している.
 「母子同室制」では,出産後早期からの頻回授乳が,新生児が母の側にいるがゆえに,目覚めている状態での授乳が可能であり,一方,母親のわが子に関するささいな心配・相談に対して,母子に即して,説明が可能になる.退院前の指導は,知識の確認程度に留まり,実際,生後4日頃の小児科医の退院前診察時点では,母親からのわが子に関する質問は,黄疸の評価程度に留まっている.
 一方,母子同室制は,母子が健康である状態において可能であり,妊娠生活を健康に過ごすことの大切さを促すとともに,二足歩行を獲得し,大脳が大きくなった人類においては,難産が宿命づけられたがゆえに,主産後・出生後の母子の医学的評価・管理が基本となることも,合わせて解説している.即ち,健康ならば「より健康に」との願いで,「母子同室制」があるのであり,自然分娩・家庭分娩と称して,医学を否定することがあってはならない.もっとも,従来の母子に対する医療が「管理中心」に陥っていた傾向があり,その形態が「母子異室制」であったといえよう.今日,「母子同室制は人間性を尊重したあり方」であるとも話している.さらに,母子同室制導入の背景には,新生児の能力(脳力),他の哺乳動物の育児行動に学ぶ,今日の反社会的問題もあることを説明21)している.
 一方,母乳分泌を促進するための基本となるプロラクチン分泌においても,母子同室制が有効であることを,母乳分泌の機構をモデル(図5)で解説している.
 そして,母子同室制を通じて,新生児が人としての基本的信頼関係を育み,妊婦・女性が母親として育つ過程などを「育ちモデル」を提案(図6)し,解説を加えつつ「赤ちゃんからのメッセージ」としている21)
 「育ちモデル」について解説する.
 人あるいは家族などの育ちを安定した正三角形に例え,' 鏡餅の四段重ね ' にも例え,かつ,氷山にも例えた.「理解」の中央が海面だとして,海面上の見える(見えやすい)理解が知識であり,その上段に「表現」をおいた.見えにくい海面下には,体で覚える理解(体験より育まれる理解),そして,それを育む「体験・意欲」を,最下段には「目と目・安心・きずな」をキーワードとして配置した.また,人(氷山)を支える海には「尊敬・信頼・協力」が大切だとするモデルである.
 通常,学校のテストは,目に見えやすい「知識」を,決められた時間内に,指定された方法で「表現」することであり,人の能力の一部しか見ていない.自動車の運転は,いわゆるペーパーテストで車の機能や道路標識の知識を確認すると共に,スピード感やそれに伴うハンドル操作・ブレーキの作働など,体で覚える理解があって,はじめて可能になる.
 一般に,子育て・家族生活においては,見えやすいところに捕らわれがちであり,問題となる言動があったときは,それを指摘したり,指示・強要するなどに陥りやすい.見える育ちで解決を図ろうとしても限界があり,本質的解決にはならず,かえって,見えない海面下の育ちがやせ衰えると考える.さらに,今日の子育て,一般生活は「見えやすい能力・育ち」を求める傾向が強いのではなかろうかと指摘する.「自主性」や,思いやり,即ち「共感性」は海面下の育ちにおいて,本物が育ち,決して,ペーパー試験で評価出来るものではない.
 これまでの日本の教育は,明治維新以来,目に見える海面上の育ちを大切にしてきた.即ち,当時の欧米列強の植民地にならないように,富国強兵,即ち,先進科学・軍治の知識・技術を導入し,国力を増していった.即ち,目に見える能力の優れた人材を評価し,第二次大戦に行き着いた.大戦後は,経済戦士・エコノミックアニマルなどと揶揄された通り,戦前同様に,目に見える能力を評価する教育を展開し,先進各国の科学技術を導入し,結果として,今日の「物の豊かさ」を享受するに至った.一方で,子どもたちの多様な社会的問題,あるいは,家族の崩壊など,心の面では豊かさ・ゆとりからはほど遠い現状にあるというのが一般的認識であろう.
 また,これからの日本は(現在,既に),海面下が豊に育っている人材が,会社,社会から求められており,それは,見える形,学歴や点数では測れない人材である.子育てにおいては,いわゆる早教育において,決して,目に見える形での点数や表現能力を求め過ぎないようになどを提案(図6)している.

 新生児期には,あるいは,親子となって間もない時期にこそ,海面下の育ち,即ち,「目と目・安心・きずな」のキーワードで象徴した基本的信頼関係の育みと,母子で育ち合う,相互関係の「体験」が大切であろうと指摘して「赤ちゃんからのメッセージ」としている.
 こうした母乳育児や親子の育ちに関する学習・啓発機会は,今後,学校において,あるいは,地域における生涯学習の一つとして,重要になろう.

文   献
1)福田雅文:「母子同室」と「母乳」と「授乳」.周産期医学.26:521−524.1996.
2)鳥取県衛生環境部:昭和50年衛生統計年報.第20号.9.1975年.
3)鳥取県衛生環境部:昭和55年衛生統計年報.第25号.44.1980年.
4)鳥取県衛生環境部:昭和60年衛生統計年報.第30号.80.1985年.
5)鳥取県衛生環境部:平成2年衛生統計年報.第35号.81.1990年.
6)鳥取県福祉保健部:平成7年保健統計年報.第40号.63.1995年.
7)児玉和恵,今村良子,山根多紀子:母乳栄養の現状と問題点.小児保健研究.30:174−178.1972.
8)児玉貞介:現代小児科学大系(遠城寺宗徳,高津忠夫ら監修).第3巻.成長・発育と栄養.143−145.中山書店.東京.1965.
9)田崎啓介:母乳栄養.小児内科.9−19.1980.
10)厚生統計協会:厚生の指標(臨時増刊)国民衛生の動向.平成7年.p112.1995.
11)木下 洋:母乳の感染防御因子.周産期医学.26:491−494.1996.
12)市場博幸,楠田 聡:母乳中の成長因子と生理作用.周産期医学.26:487−490.1996.
13)山内逸郎:小児科医へのアドバイス(1)母乳育児.小児科診療.56:1602−1603.1993.
14)雨森良彦:母子相互作用の意義−産科の立場と指導.周産期医学.18:105−108.1988.
15)山内逸郎:小児科医へのアドバイス(5)母乳育児.小児科診療.56:2440−2441.1993.
16)小林 登:周産期医療の人間化.周産期医学.18:5−6.1988.
17)大谷恭一:鳥取県立中央病院周産期センターにおける母乳育児支援.鳥取医誌.26:186−190.1998.
18)大谷恭一,中船えみ子,西尾巳和子 他:鳥取県東部地域における新生児医療地域化−母体搬送例の検討−.鳥取医誌.20:288−290.1992.
19)大谷恭一,常井幹生,星加忠孝 他:鳥取県東部地域における周産期医療地域的システム化の現状.鳥取医誌.22:119−124.1994.
20)大谷恭一,中船えみ子,西尾巳和子 他:周産期管理における母子同室制の検討.鳥取医誌.20:257−261.1992.
21)大谷恭一:総合病院における出産前小児保健指導の実際.周産期医学.24:712−716.1994.

著 者:大 谷 恭 一 (鳥取県立中央病院 周産期センター・小児科)


追 記

 このページを復活させたのは、2008年7月31日 ・・・ 本稿は約10年前、鳥取県医師会が発行している鳥取医学雑誌に総説として掲載(鳥取医誌.26:180−185.1998.)されたものです。鳥取県立中央病院(中病)は、2002年、自治体立病院としては全国で最初に“赤ちゃんにやさしい病院・BFH”に認定されました。BFHは、“Baby Friendly Hospital”の略で、ユニセフ・世界保健機関(WHO)が進めているもです。

 温故知新 : 自身の中病勤務時代に、全出生児を小児科で診るようになり、産科病棟の看護師・助産師の皆様の熱意・願いを受けて、BFHに向けた取り組みを推進しました。あれから約10年、胎児・新生児を取り巻く環境は、総合的な見地でとらえると、悪化していると言わざるを得ません。温故知新の観点から、ホームページ化しました。参考にしていただければ幸いです。



中央病院周産期センターにおける母乳育児支援


「母子同室制と母親の気持ち」に関する検討
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